気心が知れたタクシーを利用したいという声が多かったからです。
不動産業から介護の世界へ
周辺は、昔からの住民も多く、また、大阪警察病院、大阪赤十字病院、NTT西日本大阪病院など多くの病院が集中。地域の高齢者や病院を利用する人たちに「不動産業だからこそ出来る介護を提供しようと業務を拡大しました」と髙山寛さんは、仕事へのきっかけを語ります。
2009年3月に介護タクシーをスタート。7月にホームヘルプサービス、12月には高齢者優先賃貸マンションの運営に乗り出しました。
「これは概ね60歳以上の高齢者の方や障がい者の方とそのご家族様が優先的にご入居いただける賃貸マンションです。入居された高齢者の方・障がい者の方には自立した生活を基本に、介護スタッフ在室の事務所があり、入居者様の『安心できる、気兼ねのない暮らし』をサポートさせていただきます」と特長を紹介、「月額5万6千円~6万9千円、保証人不要、敷金、礼金、保証金0円で案内しています」
介護タクシーからスタートさせたのはなぜですか。
「10年ほど前から車いす生活を余儀なくされた母親が、車の乗り降りをするのが大変だったからです。地元には介護タクシーが少なくてね」。大阪市の介護タクシーは、120台余り。地元の天王寺区、隣接の東成区を合わせても10台ほどです。そんな介護タクシーを4台そろえました。 「お年寄りが診察の度にタクシーを替えるのは嫌、気心が知れたタクシーを利用したいという声が多かったからです」と話す。さらに災害時に緊急車両に代わって出動したり、救急車が出動するまでもないケースで出動を要請されたりする大阪市消防局の「患者等搬送事業者」の認定も受けました。料金は時間制運賃を取っており、最初の30分で小型車が1,860円、中型車が2,180円、大型車が2,460円です。大阪府の認可料金の下限料金を採用していて「大阪府下で一番安い運賃で頑張っています」
学生時代に20種以上のアルバイトをこなし、天職を考える
大阪市東成区で、五人姉兄の末っ子として生まれた。父親は貿易業を営み、長男が後を継いでいます。
学生時代には、いろいろなアルバイトを経験したそうですね。
「父親の方針で、デパートの商品配達、居酒屋など20種以上も体験しました。その中で『天職とはなんだろう』とよく考えました」と話す。大学卒業後は、食品商社に入り2年間、営業を担当。東大阪市で昼間はうどん店、夜は居酒屋を3年間営んだ後、将来は何をするにしても、不動産業をやって損をすることはないと銀行関係の知人に勧められ、不動産会社に就職します。
「一番きつい会社に入れと言われましてね。午前9時の始業前に6台の会社の車を手で洗い、帰宅は午後10時過ぎでした」。昼間は不動産調査、夜は顧客をまわって商談。週1回の休みもなかなか取れない生活が4年間続きます。1994年9月、32歳の時、東成区の父親の会社の2階に間借りして、「クローバーホーム」を設立します。
名前の由来は何ですか。
「一番上の兄が命名しました。幸福を意味する四つ葉のクローバーを連想し、覚えやすいからです」。父親が所有していた現在のビルに会社を移し、本格的な活動を始めます。2002年のことです。
目指すのは、笑顔があふれる介護サービスです
業務内容は、売り上げの70%が介護タクシー、25%がホームヘルプサービス、5%が段差を無くしたり、手すりをつけたりするなどの住宅改修です。不動産業を営んでいるからこそできる介護サービスが、大きな「売り」なのです。
将来はどのような介護サービスを目指しますか。
「介護の問題点を話し合う場所を提供したい」。具体的には、NPOを設立してサロン、コミュニティーカフェを開き、いろんな人がきて、心配事を話し合える交流の場所を目指すのだとか。「引きこもりのお年寄りも、気軽に参加できる場所ですね」
それに向けた活動も、すでに始めています。髙山さんは、「暮らし続けたい町」を目指して天王寺区の将来を考える『未来わがまち会議』のメンバーであり、高齢者が一人でも安心して生活できる町、触れ合いのある町、地域の歴史や文化を守る町を目指す活動に取り組んでいます。毎週金曜日には、大阪赤十字病院附属大手前整肢学園の小学5年生3人が最寄りの小学校の「いきいき学級」に車いすで行くのをサポートするボランティアに社員全員が参加しています。
地域と共に生き、笑顔あふれるまちづくりのお手伝いをする介護事業者を目指しています。
(取材年月:2010年1月)