居住者の元気さが表に出て幸福になるものをつくる
建築士は住まいのドクター
一生に一度の高価な買い物がマイホーム。その住まいに、「夢」「こだわり」を求める人びとが多い。そんなユーザーの「夢」「こだわり」を「形」にして提供する匠(たくみ)が、中村一幸さんです。
「情報があふれすぎて、かえって家のことを誰に相談して、誰に頼んだらいいのかがわからない。そんな時代だからこそ、お客さまが住まいに求める夢、こだわりを形にする建築士が求められています」と話す。家をつくる入り口で、ユーザーのこだわりの優先順位を聞き、それを「形」にする提案を行う。弁護士、建築士、学者、行政マンらが欠陥住宅対策に取り組んでいる「欠陥住宅関西ネット」のメンバーとしても、10年以上も前から活動を続けています。
建築士とともに理想の家をつくるユーザーは、まだ少ないようですが……。
「ほとんどが、工務店やハウスメーカーへ依頼します。建築士からの情報発信が不十分なのです」。最近は家のリフォームや建築についてのテレビ番組などで、匠とか建築士の役割が一般にも知られてきました。「おかげで建築士事務所を訪れやすくなったようです」とほほ笑む。
「つくり方の選択を情報発信しています。ユーザーによるコンストラクション・マネジメント(CM)方式です」。ポイントは〈見える化〉だとか。誰がつくって、素材は何で、コストはいくら……つまりは、ユーザーの顔が大工さんにも「見える」ようにするのが〈見える化〉です。
建物本体の建設、水回り、設備機器はそれぞれ専門業者に分離発注するので、その専門業者にその後のメンテナンスも依頼しやすくなります。ユーザーと業者がお互いの「顔が見える」という利点があります。
合気道の「気」で、元気の出る家造りを
鹿児島県出身。大阪の建築学校を出て、万国博ホールを建てた建築事務所に12年間勤務。工場、倉庫、物流センター、事務所ビル、マンション、美術館、注文住宅などバラエティーに富んだ仕事をこなしました。独立は30歳。事務所は長居公園の近くに構えました。「20歳の時から合気道をやっていましてね。どうせ事務所を開くなら、道場の近くにと・・・」と話す。「研心舘」という道場で修業を重ね、8段の腕前。すっきりとした体格、柔らかな話しぶりなどからは想像もできないほどの猛者なのです。
合気道が仕事にも役だっているそうですね。
「建築と合気道の思いは、どこか似ています。合気道の場合『気』を出すと言います。元気を出すということですね。家づくりの場合も、ハコだけをつくるのではなくて、居住者の元気さが表に出て幸福になるものをつくるという点で、どこか通じています」。元気が出る家の建設のため、アドバイスは惜しみません。若いころは、毎日、2~3時間も修業に励み、現在でも週に2回は道場に通います。1回は自分の修業であり、あと1回は100人近い後輩の指導です。7人いる理事の理事長でもあります。合気道の極意は「争わない」ことだそうで、「水が流れるように、風が吹くように」と説明します。「合気道は愛である」とも言います。そうした生き方が、仕事にも、お人柄にもにじみ出ています。
住まいの夢・こだわりを「形」にする匠
建築士とつくる住まいは、「夢」「こだわり」がいっぱい詰まっています。だから年間に、そう多くは建てることができないと言います。
年間、何棟ぐらいの家を設計するのでしょう。
「多くて年間4棟です。それが、精いっぱいですね」
5年ほど前、京都でこんな事例がありました。長年連れ添った夫を亡くし、築90年の町家の建て替えを依頼された時のことです。「奥さんが最初は元気がなかった。それでも、一歩ずつ、内容を整理しながら理想の、こだわりの家を建ててゆく。その家の形が見えてくるに従い、元気を取り戻されてきました」。1階が店舗で、耐震性を重視した重量鉄骨構造の2世帯住宅との希望でした。生粋の京都人なので、「京都の建築士」をと、探されましたが、結局、「夢」「こだわり」を重視するという中村さんの考えに共鳴して、依頼されてきたそうです。その後のメンテナンスも含め、お付き合いはずっと続いており、毎年8月に屋上で五山の送り火(大文字)を眺めながら、お酒を酌みかわすといった家族のような関係が現在でも続いているそうです。
(取材年月:2010年2月)